【長編連載小説】 『こころの座標 外伝:失われた時間の旅』 (2) 第1章 孤独の荒野—①
山の石段を下りきったとき、空気の質が変わった。そこには、音を吸い込み、匂いさえも曖昧にするような霧が漂っていた。
月は背後の峰に隠れ星々も霧の膜に覆われて、光はほとんど地上に届かない。
デカルトは|外套《がいとう》の襟を立て、歩を進めた。足元の土は湿り、時折、靴底に小石が擦れる乾いた音がする。それ以外の音はなかった。
夜の森には、通常なら鳥や獣の気配があるはずだ。
だがここでは、それらの生命のざわめきがことごとく霧に呑み込まれている。



