【長編連載小説】 『こころの座標 外伝:失われた時間の旅』(12)第2章 弥勒と未来問答 逆問の試練ー⑤
霧はゆるやかに流れ、空海と弥勒を包み込んでいた。
先ほどまでの幻視は消え去り、再び静かな山中の空間へと戻っていた。しかし、空海の胸にはなお揺らぎが残っていた。弥勒が示した未来の慈悲、現在の苦悩の意味……それらを理解したつもりでいても、内側には解けきらない硬い石のような違和感が沈んでいた。
未来に成就する慈悲は理解した。
現在の苦悩を抱えながらも、小さな種を守り育てることの意味も、確かに受け止めた。
――しかし、それだけでは足りないのではないか。
その「足りなさ」は、空海が長年抱えてきた葛藤の根に触れるものだった。見えない誰かのために祈る。それは尊い。しかし、どれほど祈っても人々の飢えや争いはなくならない。祈りは確かに灯火だが、今の暗闇をすべて照らせるわけではない。
彼自身の心が、それを知っていた。








