【長編連載小説】 『こころの座標』 (22) 第7章 中心なき中心—⑥
曼荼羅の迷宮を歩むうち、デカルトの視線は次第に一点に吸い寄せられていった。
堂の内部は単なる建築ではなく、呼吸する宇宙であった。光は線ではなく粒となって漂い、時に花弁のように旋回し、時に炎の舌のように立ち上る。
壁も天井も床も境を失い、色彩は液体のようにたゆたい、触れると指先に温度を残した。
朱は体温を上げ、群青は額の熱を奪い、黄金は胸腔の奥に低い鐘の音を共鳴させ、翡翠は草いきれの記憶を運ぶ。
沈香と塗りの匂いは形を帯び、耳には聞こえないはずの梵音が、脈拍と同じ速さで押し寄せては退いた。
それほどの渦中にあっても、彼の心はなお「中心」を求めた。
これまでの哲学は拠り所を探す営為だった。すべてを疑い、解体し尽くした末に残った「我思う、ゆえに我あり」。
それは荒天の海から船を護る錨であり、霧の高台に掲げる標識であった。
だが曼荼羅の只中では、その錨が砂に沈む。結び目がほどけ、綱がたわみ、確かだと信じた重みが指の間から零れていく。



