【長編連載小説】 『こころの座標』 (26) 第8章 自己と世界の鏡像—③
夜が明ける少し前、海辺の町はまだ眠っていた。
波の音が、眠る家々の屋根をやさしく撫でて通り過ぎる。
デカルトは宿の窓辺に立ち、ゆらめく灯の残り火を見つめていた。
海から吹く潮風が、微かに肌を冷やす。
外はまだ薄闇で、水平線と空の境界が曖昧だった。
だがその曖昧さが、彼の心には心地よかった。
夜のあいだに、彼の内で何かが静かに組み替えられていた。
言葉と沈黙が交わった昨日の対話の余韻が、波の音に混ざって残っている。
それは、理性の思索ではなく、胸の奥で“聴こえているもの”だった。
――思考の中心が、ゆっくりと移動している。





