【長編連載小説】 『こころの座標』(25) 第8章 世界の座標 言葉を超える交差点ー②
山を下りて三つ目の小橋を渡ったあたりから、二人はほとんど言葉を交わさなくなった。理由は簡単だった。谷の風のほうが雄弁だったからだ。 麦の刈り跡が並ぶ畑を撫でる風は、土の匂いと、どこか焦げた藁の微かな残り香を運ぶ。遠くの鍛冶場からは鉄を打つ重い響き。 さらにその奥で、牛を追う掛け声、子どもの笑い声、井戸の滑車がこすれる乾いた音。音が重なっては解け、解けてはふたたび重なる。 デカルトは、耳が勝手に音の層をほどいていくのを感じながら、同時にほどききれない残響があることにも気づいていた。ほどけないもの──それは、かつて彼が扱いに困り、見ないふりをしてきた領域だった。




