小説 『心の座標』(6)第3章―②
その晩、二人は山の庵に宿をとった。窓の外では虫の声が響き、山の夜気がしっとりと肌を包む。囲炉裏の火が赤く揺れ、空海は湯を沸かしながら言った。
「理性で世界を捉えようとすればするほど、“感じる”ことは後回しにされがちです。しかし、私は“感じること”のほうが、ずっと先にあるように思えてなりません」
デカルトはうなずいた。「私も、今ここに至るまでに、多くの“感じていたのに忘れていたこと”を思い出してきました。とくに、“内なる身体”の声に耳をすますということ……それは私にとって未知の道です」
「では、少し体験してみませんか?」
空海はそっと正座をし、目を閉じた。彼の姿勢には力みがなく、一切の揺らぎすらなかった。まるで、その場そのものが、彼の身体によって保たれているかのようだった。「目を閉じて、呼吸に意識を置いてみてください。無理に何かを考えようとせず、ただ息を感じるのです。胸が膨らみ、縮んでいく。その運動を、ただ感じる」