【長編連載小説】 『こころの座標』 (29) 第8章 新たなる出発—⑥
夜の海は、音を選んでいた。
波が砕ける白は遠くで静まり、近くでは砂の粒を転がすささやきだけが残る。港の鎖は鳴らず、灯台のレンズは油の匂いを呼吸のように出し入れしながら、一定の角度で光を配っていた。
デカルトは砂州の端に立ち、灯の回転が闇の皮膚に描く輪郭を目で追った。光は「ここ」と「いま」を一瞬だけ濃くし、すぐに引き、また別の場所を濃くする。世界が、同時にいくつもの現在を持っている――そんな錯覚でもあり、気づきでもあった。








