【長編連載小説】 『こころの座標』 (24) 第8章 地平を越えて—①
山道を抜けた瞬間、風の調子が変わった。谷から吹き上がる冷気は、刃のように肌を刺すのではなく、少し湿り気を帯びて、肺の奥を洗うように澄んでいる。空は薄い雲をまとって鈍く光り、東の端だけが白く起き上がろうとしていた。
眼下の川は、銀の紐のように蛇行している。川面に貼りついた薄氷はところどころ割れて、流れの速い筋だけが黒々と露わになっていた。
川沿いに並ぶ畑は、枯れた茎や支柱の影が斜めに伸び、ところどころに置かれた藁束が、冬の色の中でやわらかい黄を保っている。屋根の上では白煙がゆっくりと立ちのぼり、鶏の短い鳴き声が、間を置いて二度、三度と響いた。