【長編連載小説】 『こころの座標 外伝:失われた時間の旅』 (1) 序章——別離の夜、門を前に
山の上に、風のない夜が降りていた。
星はうすく、月は刃のように細い。
黒い樹々の縁が空を切り取り、石段の上に薄い霜の気配を置いてゆく。
二人はその石段を登りきり、門の前に立った。
門は漆黒で、四隅を金具が固めている。円文と蓮が彫られ、古い呼吸を続けているように見えた。手を触れれば、冷たさの奥にかすかな温もりが宿っているのが分かる。
幾度となく開き、幾度となく閉じ、数え切れぬ問いがここをくぐったのだろう。
空海が小さく合掌し、瞑目する。