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こころの座標ー外伝1

【長編連載小説】 『こころの座標 外伝:失われた時間の旅』(33)第6章 光と影の狭間で —— ①

 谷へ降りる道は、思っていた以上に深かった。 空海は細い山道をゆっくりと下っていく。 左右には濃い木々が迫り、朝の光は枝葉に遮られて地まで届かない。 湿った空気が肌にまとわりつく。 霧は薄く流れている。 だがその霧には、ただの水気ではない気配があった。
こころの座標ー外伝1

【長編連載小説】 『こころの座標 外伝:失われた時間の旅』(32)第5章 釈迦の沈黙 沈黙の余光と次なる道——⑦

 朝の光は、すでに森の奥深くまで差し込んでいた。 木々の幹に落ちる光は細く、長く、地に曼荼羅のような影を描いている。 風は穏やかで、夜の冷たさをわずかに残しながら流れていた。 空海は歩いていた。 急ぐでもなく、留まるでもなく。 ただ、歩みそのものが祈りであるように。
こころの座標ー外伝1

【長編連載小説】 『こころの座標 外伝:失われた時間の旅』(31)第5章 釈迦の沈黙 言葉なき教えの正体——⑥

 森はすでに朝の光に満たされていた。 夜の静寂は消えてはいない。 ただ、光の中に溶け込んでいる。 空海は歩き続けている。 一歩、また一歩。 その歩みは変わらない。 だが、その内側は大きく変わっていた。 沈黙の中でほどけた自己。 関係として現れた世界。 怒りが守護へと転じた瞬間。
こころの座標ー外伝1

【長編連載小説】 『こころの座標 外伝:失われた時間の旅』(30)第5章 釈迦の沈黙 怒りが守護へと転ずるとき——⑤

 空海は、森の中を歩いていた。 背後に残した争いの気配は、完全には消えていない。 だが、それに引き戻されることもなかった。 彼の内には、静かな変化が続いていた。 沈黙の中でほどけたもの。 そして、現実の中で再び立ち上がったもの。 その両方が、まだ統合されきってはいない。 分離のない在り方。 分離の中での行為。 その二つは、いまなお空海の中で揺れていた。
こころの座標ー外伝1

【長編連載小説】 『こころの座標 外伝:失われた時間の旅』(29)第5章 釈迦の沈黙 沈黙を携えて現実へ——④

 夜は、ゆるやかに明けはじめていた。 東の空に、かすかな光が滲む。 森の輪郭が、少しずつ浮かび上がる。 空海は歩いている。 その足取りは、静かで、迷いがない。 だがその内には、微かな揺らぎがあった。 沈黙の中で見たもの。 分離の消えた世界。 関係としての存在。 それらは確かだった。 だが今、世界は再び「形」を取り戻しはじめている。
こころの座標ー外伝1

【長編連載小説】 『こころの座標 外伝:失われた時間の旅』(28)第5章 釈迦の沈黙 沈黙のあとに現れる世界の座標——③

 沈黙は、すべてをほどいた。 だがそれは、終わりではなかった。 ほどけたものの奥から、別の在り方が静かに立ち上がりはじめていた。 空海は座したまま、ゆっくりと呼吸を続けている。 呼吸は戻ってきている。 だがそれは、以前のように「自分がしている行為」ではなかった。
こころの座標ー外伝1

【長編連載小説】 『こころの座標 外伝:失われた時間の旅』(27)第5章 釈迦の沈黙 沈黙の中で起こる自己の溶解——②

 沈黙は、音の消失ではなかった。 それは、あらゆる働きが静かに緩み、ほどけていく場だった。 空海は岩の上に座し、背筋を伸ばしたまま動かない。 呼吸は続いている。 だがその呼吸は、もはや自分の意志によって行われている感覚ではなかった。 吸う。 吐く。 その繰り返しは確かにある。 だがそれを「している者」が見当たらない。
こころの座標ー外伝1

【長編連載小説】 『こころの座標 外伝:失われた時間の旅』(26)第5章 釈迦の沈黙 語られぬ答え——①

 夜の山は、すべてを包み込むように静かだった。 風はある。 だがその音は遠く、まるで空間の奥へ吸い込まれていくように消えていく。 虫の声も、葉擦れも、どこか隔てられている。 音は存在しているのに、響かない。 世界そのものが、深い呼吸の中に沈んでいるようだった。 空海は焚き火を起こさなかった。 昼に見た火。 怒りの火。 守りへ転じた火。 それらをすべて胸に収めたまま、今夜は火を持たないと決めた。
Yugen's ライフ

【長編連載小説】 『こころの座標 外伝:失われた時間の旅』(25)第4章 阿修羅の涙 涙の意味——⑥

(6)涙の意味 集落を離れた空海は、ゆるやかな尾根道を登りながら、ゆっくりと呼吸を整えていた。 夕刻の光が西の空を赤く染め、焼けた柵や崩れた壁が遠くに小さく見える。 煙はすでに薄れ、人々の声も静まりつつある。 怒りは消えていない。 だが暴走...
こころの座標ー外伝1

【長編連載小説】 『こころの座標 外伝:失われた時間の旅』(24)第4章 阿修羅の涙 火を抱く守り手——⑤

(5)火を抱く守り手 尾根を下りはじめた空海は、遠くに黒煙が立ちのぼるのを見た。風向きは穏やかであるにもかかわらず、煙はまっすぐ空へ伸びている。 ただの野焼きではない。 嫌な予感が胸をよぎった。 足を速める。 山道を抜け、低地へ出ると、荒れ...