2026年1月

【長編連載小説】 『こころの座標 外伝:失われた時間の旅』(19)第3章 戦場の影と幻影の師 信仰と理性の亀裂―⑤

【長編連載小説】 『こころの座標 外伝:失われた時間の旅』(19)第3章 戦場の影と幻影の師 信仰と理性の亀裂―⑤

 戦場を抜けたあとも、デカルトの内側では、何かが静かに軋み続けていた。
 それは痛みではない。
 だが、無視すれば確実に広がっていく種類の違和感だった。
 幻影の師との対峙を経て、理性は沈黙し、再び歩き出した。
 そのはずだった。
 だが、歩き出した先で、彼は思いがけない壁に突き当たっていた。
 ――信仰。
 その言葉が、これほど重く感じられたことはなかった。

【長編連載小説】 『こころの座標 外伝:失われた時間の旅』(18)第3章 戦場の影と幻影の師 幻影としての師―④

【長編連載小説】 『こころの座標 外伝:失われた時間の旅』(18)第3章 戦場の影と幻影の師 幻影としての師―④

霧が薄れたあとも、戦場は静かではなかった。
 音は戻っていたが、それらはすべて距離を伴っていた。
 叫びも、命令も、嘆きも――どれもが直接届かず、空気の層をいくつも越えてから耳に触れる。
 デカルトは歩いていた。
 第3節で立ち止まった場所を離れ、再び前へ進んでいる。
 だが、その歩みは以前とは違っていた。
 世界を把握しようとする視線ではなく、世界に身を委ねながら確かめるような歩みだった。

【長編連載小説】 『こころの座標 外伝:失われた時間の旅』(17)第3章 戦場の影と幻影の師 血に染まる大地―③

【長編連載小説】 『こころの座標 外伝:失われた時間の旅』(17)第3章 戦場の影と幻影の師 血に染まる大地―③

戦場を歩きながら、デカルトは気づいていた。
 自分の内側で、何かが静かに止まり始めている。
 それは恐怖ではなかった。
 絶望でもない。
 ましてや諦めではない。
 ――思考そのものが、言葉を失い始めている。
 これまで、彼は世界を「理解できるもの」として扱ってきた。
 疑い、分解し、再構成する。
 理性とは、混沌を秩序へ変換する装置であり、人間が世界に対して持ちうる最も確かな武器だと信じてきた。
 だが、いま彼の前に広がる光景は、その装置の外側にあった。

【長編連載小説】 『こころの座標 外伝:失われた時間の旅』(15)第3章 戦場の影と幻影の師 血に染まる大地―①

【長編連載小説】 『こころの座標 外伝:失われた時間の旅』(16)第3章 戦場の影と幻影の師 血に染まる大地―②

戦場の中央から少し離れた場所には、奇妙な静けさがあった。
 剣戟も怒号もすでに遠く、ここにあるのは、命がゆっくりと失われていく音だけだった。音と言っても、耳で捉えられるものではない。呼吸が擦れる感触、血が土に染み込む気配、身体の熱が冷えていく時間――そうしたものが、重なり合って空気を満たしていた。
 デカルトは歩いていた。
 第1節で見た死者たちの影は、まだ網膜の奥に焼き付いている。だが、ここでは死はすでに終点ではなかった。終わりきれない命が、低く、しかし確かに呻いている。